神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)2241号 判決 1990年11月16日
原告
第一運輸作業株式会社
右代表者代表取締役
磯野和典
右訴訟代理人弁護士
松井幹男
被告
丸三海運株式会社
右代表者代表取締役
小田良孟
右訴訟代理人弁護士
大白勝
同
上谷佳宏
同
木下卓男
右訴訟代理人大白勝復代理人弁護士
福間則博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告、被告間において社団法人日本海運集会所機船第二一千歳丸曳航契約紛議仲裁判断事件について仲裁人窪田宏、同武村次朗、同松井陽造が昭和六三年一一月五日付をもってなした別紙記載の仲裁判断を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 仲裁契約の成立及び事故の発生
(1) 原告、被告間には左記の内容の曳航契約(以下「本件曳航契約」という。)が締結され、本件曳航契約に関する当事者間の紛争については社団法人日本海運集会所に仲介判断を依頼する旨の合意がなされた。
記
① 使用曳船 第二一千歳丸(二〇〇〇馬力)
被曳物件天神丸(一三立方メートルグラブ船、長さ四五メートル、幅一八メートル、深さ3.5メートル)を曳いて、下田〜八丈島間の海域を五ノット以上の曳航速力を維持できる能力を有するもの。
② 輸送期間 昭和六一年八月二八日から同年九月一〇日頃まで
③ 区間 (a) 下田〜式根島(工事二〜三日)〜八丈島(工事四〜七日)
(b) 八丈島〜式根島
④ 曳航料 (a) 一四〇万円
(b) 六〇万円
⑤ 工事による滞船料 一日につき二五万円
⑥ 右以外の航海(避難を含む) 一日につき五五万円
⑦ 支払条件 月末締切 九〇日現金
⑧ その他の条件については、日本海運集会所制定の曳航契約書フォームに基づく。
(2) 天神丸は式根島で作業に従事していたが、台風接近の情報により下田港に避難するため、昭和六一年九月一日午後六時三〇分、アンカーボート二隻を随伴したまま千歳丸により曳航されたが、同月二日午前一時四〇分頃、座礁、沈没した(以下「本件事故」という。)。
2 原告を申立人(但し、反対請求については被申立人)、被告を被申立人(但し、反対請求については申立人)とする機船第二一千歳丸曳航紛議仲裁判断事件について、昭和六三年一一月五日、社団法人日本海運集会所仲裁人窪田宏、同武村次朗、同松井陽造は別紙記載の仲裁判断をなした(以下「本件仲裁判断」という。)。
3 本件仲裁判断には次の取消事由がある。
(一) 本件仲裁判断には適法な理由が付されていない(民事訴訟法八〇一条一項五号該当事由の存在)
(1) 曳航速力の保証について
本件仲裁判断は、その理由中において、被告(被申立人)は原告(申立人)との間で、曳航の速力が五ノット以上であることを約束した旨否定していることから、右事実は存在しなかったとしたうえで、千歳丸の曳航速力が3.18ノットの経済速力で曳航しており、天神丸作業長は千歳丸に命じて曳航させ避難航海にはいった以上、その曳航能力に関して黙認した旨認定し、曳航速力が五ノット以上であることを保証したとの申立人の主張を排斥した。
しかしながら、申立人と被申立人が本件曳航契約を締結するに際し、一三立方メートルのグラブ船一隻を曳き速力は五ノット以上であることを申立人会社の磯野常務と被申立人会社の宮池専務との間で交渉がもたれた以上、申立人と被申立人の間で本件曳航契約において曳航速度が五ノット以上であることは約束されていたことは明白であり、また、千歳丸は黒煙を吐いて航行していたのであり、決して経済速度で航行していたことはなく、更に、申立人が千歳丸に天神丸を曳航させたのは、千歳丸の曳航速力を黙認したのではなく、避難航海において千歳丸以外に曳航に使用できる船舶がなく、他の代替手段がなかったからにすぎず、右認定は明らかに論理に飛躍があり、理由としての体をなしていない。
(2) 曳航指揮権について
本件仲裁判断はその理由中において、避難航海において、天神丸作業長が避難について指揮命令を下し、天神丸を曳航させた旨認定した。
しかしながら、天神丸作業長は単に作業責任者にすぎず、曳船の千歳丸船長に対する指揮命令権を有せず、また同作業長が避難航海について指揮命令した事実はないから、前記認定には何ら論拠がなく、経験則に違背した論理的飛躍がある。
(3) 千歳丸船長の本件事故についての過失責任について
本件仲裁判断はその理由中において、天神丸の座礁、沈没の原因について、避難航海において天神丸がアンカーボート二隻を随伴したことにより、事故当時の天候悪化に対応することができなくなった結果であると認定し、千歳丸船長の重過失に基づくとの申立人の主張を排した。
しかしながら、自航能力のないグラブ船にアンカーボートを随伴することは業界の常識であり、これが二隻になっても曳航能力を阻害するものではなく、また気象図、千歳丸航海日誌によれば、海域の状態は運航を阻害するような天候悪化の事実は存在していないことから、右認定は証拠に基づかない恣意的な認定であり、理由の体を呈していない。
(4) 曳航料等支払義務について
本件仲裁判断はその理由中において、本件曳航契約において曳航料等支払期日を特定していないとして、同契約第五条一項の適用はないとした。しかし本件曳航を数航海継続して行う契約であるとした上で、公平の見地から、曳航の一区間が成就すればその都度成就した区間に応じて曳航料債権が発生するとみるのが妥当であるとして、下田港から式根島までの曳航は完了しているから、申立人は被申立人に対して、この区間に相当する曳航料三三万九八〇五円及び新島及び式根島の各滞船料として一万七三六一円、七四万二一八七円、更に避難航海の曳航料として一八万〇二七七円の支払義務ある旨認定した。
しかしながら、本件曳航契約は数航海継続して行う契約でなく、下田港から工事完了まで、もしくは工事完了後申立人の指図する地点まで天神丸を曳航することを内容とする一個の曳航契約であって曳航の部分的区間の終了により曳航契約の目的を達するものではないから、右判断は、申立人の支払義務を判断する理由とはならない。
(二) 本件仲裁判断は虚偽の証拠によりなされている(民事訴訟法八〇一条一項六号該当事由の存在)
本件仲裁判断はその理由中において、「第二一千歳丸船長において何度も曳船列の立て直しを試みたが、どうしても風にもっていかれてしまったと証言し、」とあるが、千歳丸船長は仲裁手続中日本国外におり、証人として右手続に参加した事実はない。したがって、本件仲裁判断は本件事故の中核となる事実の認定において、存在しない証拠をもとに認定をしており、違法である。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(1)の事実のうち、①の事実は否認するが、その余の事実は明らかに争わない。同(2)の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の各事実は否認する。
(被告の主張)
民事訴訟法八〇一条一項五号の取消事由は、判決の絶対的上告理由である同法三九五条一項六号前段に相当するが、仲裁は当事者の合意を基礎として裁判によらずして紛争を解決する手続であることを考慮すれば、仲裁判断に付すべき理由も、仲裁人が当該仲裁判断における結論に到達するに至った判断の過程の大綱を知ることができる程度の記載があれば足り、訴訟における判決のように逐一証拠に基づく認定をし、かつ細部にわたる法律判断をすることまで要求されるわけではない。
本件仲裁判断については、その理由は各当事者が指摘した争点に触れ、これに対する判断を必要な限りにおいて説示していて仲裁委員の本件仲裁判断における判断の過程を明らかに知ることができるところであり、また理由中の事実認定や法適用の判断で不可能というべきものはないのであるから、何ら取消事由は存在しない。
(原告の反論)
仲裁判断には、厳格な証拠判断や法の適用は要求されないとしても、事実認定に際して経験則違背や論理的飛躍が存在してはならず、右のような場合には理由が付されていない違法があるとして、民事訴訟法八〇一条一項五号の取消事由に該当するといわなければならない。
第三 証拠<省略>
理由
一本件事故が発生し、本件仲裁判断が右事故についてなされたことは、当事者間に争いがない。
二そこで、本件仲裁判断の取消事由について検討する。
1 仲裁は、当事者の合意を基礎として、裁判によらずに紛争を解決する手段として存在していることから、仲裁判断において、仲裁人は法律の規定のみに依拠しなければならないものではなく、当該事件における具体的事情を考慮し公平の見地から判断を加え、妥当な結論に導くことができると解すべきである。このように考えると、仲裁判断に付すべき理由も、仲裁人が当該仲裁判断における結論に到達するに至った判断の過程の大綱を知ることができる程度の記載が存在すれば足り、その法的推論もそれ以外にはあり得ないという程度のものである必要はなく、そのような推測も不可能ではないという程度でもよいというべきである。また判決のように逐一証拠に基づく事実認定をし、かつ、細部にわたる法律判断をすることまでは要求されていないというべきである。以上のことから、仲裁判断においては仲裁人が当該仲裁判断における結論に到達するに至った判断の過程の大綱を知ることができる程度の記載が存在しない場合に、はじめて仲裁判断について理由が付されておらず、民事訴訟法八〇一条一項五号の取消事由が存在するということができる。
2 <証拠>によれば、本件仲裁判断の理由においては、千歳丸の曳航能力の欠如(債務不履行)に基づく損害賠償請求の存否、千歳丸船長の操船上の過失による不法行為に基づく損害賠償請求の存否、本件曳航契約に基づく曳航料等の額の算定が主要な判断の対象とされていることが認められる。しかるところ<証拠>によれば、右については、両当事者の主張、証拠書類、千歳丸船長、天神丸作業長、下田海上保安部警備救済課警備係長及び関係者の各証言、仲裁人の職権調査に基づいて、天神丸の座礁、沈没に至る事実経緯につき、昭和六一年九月一日午後三時頃、低気圧の接近による天候悪化が予想されたため、下田港まで避難航海をすることとし、アンカーボート二隻をつけたままの天神丸を千歳丸が曳航し始めたが、天候悪化による視界の低下、突風の発生が生じたことにより航海進路が西側にそれたのち、同月二日一時二〇分頃、天神丸が座礁、沈没した旨認定したうえで、千歳丸の曳航能力には欠陥がなかったこと、曳航能力の保証については当事者間に合意がなされていなかったこと、千歳丸の曳航能力の保証の存否は本件事故と関連性がないこと、本件事故の原因は台風接近による天候の悪化であるとの判断を示して、千歳丸の曳航能力の欠如(債務不履行)に基づく損害賠償請求及び千歳丸船長の操船上の過失を否定して不法行為に基づく損害賠償請求を排斥し、更に、本件曳航契約に基づく曳航料等の額の算定については、本件曳航契約の趣旨を数航海継続して行う契約であるとしたうえで、公平の観点から曳航の一区間が成就するごとに曳航料請求権が発生すると判断し、曳航料等の請求を認容したことが認められる。
従って、右のとおり、本件仲裁判断の理由においては、本件仲裁手続において当事者の指摘した争点に対し、証拠に基づいて本件事故の発生経緯が認定されたうえで、右事故の原因の判断が示されて申立人の請求は排斥されたが、一方公平の観点から、本件曳航契約の性格を曳航の一区間が成就するごとに曳航料請求権が発生するものとの判断がなされて、被申立人の請求は認容されるに至ったものであるから、右理由は争点に対する判断を必要な限りにおいて説示していることは明らかであって、これによれば、仲裁委員の本件仲裁判断における判断の過程を明確に知ることができるというべきである。
以上のとおり、本件仲裁判断における理由の記載は仲裁判断の理由として欠けるところはなく、民事訴訟法八〇一条一項五号の取消事由は存在しない。
3 原告は、本件仲裁判断において、千歳丸船長の証言がなされておらず、右仲裁判断の中核が存在しない証拠をもとに認定された違法がある旨主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。
三結論
よって、本件請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官長谷喜仁 裁判官廣田民生 裁判官横山巌)
別紙仲裁判断の表示
一 申立人は被申立人に対し金一、二七九、六三〇円及びこれに対する昭和六一年一二月末日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 申立人並びに被申立人のその余の請求はこれを認めない。
三 仲裁費用は金七二万円とし、申立人が金五四万円、被申立人が金一八万円をそれぞれ負担するものとする。但し被申立人が既に立替払いした金一八万円については、申立人は前記一の金員に加算してこれを支払え。
四 仲裁判断に関する管轄裁判所は神戸地方裁判所とする。